大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和52年(ワ)5914号 判決 1983年9月08日

原告 蘆尾恒

右訴訟代理人弁護士 坂元洋太郎

右訴訟復代理人弁護士 中西克夫

被告 株式会社 全囗央粧本部

右代表者代表取締役 瀧口清亮

右訴訟代理人弁護士 青木孝

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

〔請求の趣旨〕

一  被告は、原告に対し、金八〇〇万円及びこれに対する昭和五二年一月二五日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  右一について仮執行宣言

〔請求の趣旨に対する答弁〕

主文同旨

第二当事者の主張

〔請求原因〕

一  原告の商人性

原告は化粧品等の販売を業とする者である。

二  原被告間の代理店契約

原告と被告は、昭和五一年二月四日、次のとおりの約定で被告の販売する化粧水、シャンプーなどの化粧品類を原告が販売する代理店契約を締結した(以下「本件代理店契約」という。)。

1 被告は、原告をその代理店とし、被告の販売する商品を原告の注文に基づき継続して原告に売り渡す。

2 契約期間は契約締結の日から一年間とするが、期間満了の日の一か月前までに原被告のいずれか一方から別段の申出がない場合は、契約期間はさらに一年間自動的に延長される。

三  被告の商品の供給停止

被告は、原告に対して本件代理店契約を解除したとして、同年九月以降右契約に基づく原告の商品の注文を拒絶して商品の供給を停止した。

四  原告の損害

1 本件代理店契約に基づいて被告から買い受けた商品についての同年二月から同年七月までの原告の売上高は、特約店への売上が二一二一万一〇二五円、販売店への売上が九四八万一六八八円、小売による売上が三八七万四三〇〇円の合計三四五六万七〇一三円であり、右期間中の原告の荒利益は、特約店への売上で四二四万二二〇五円、販売店への売上で四〇七万七一二三円、小売による売上で二三二万四五〇〇円の合計一〇六四万三八二八円であった。そして、原告が右期間中の右商品の売上に要した経費が荒利益に占める割合は一割九厘であるので、純利益率は八割九分一厘となる。したがって、原告の右期間中の右商品の売上による純利益の合計額は右荒利益金額に右純利益率を乗じた九四八万三六五一円となり、一か月当たりの右純利益は一六三万〇六〇九円と算出される。

2 被告の右三の商品の供給停止がなければ、原告は右一の契約期間である同年九月から昭和五二年二月三日まで五か月分の右純利益八一五万三〇四五円を得ることができたものであるから、被告の右供給停止により原告は右同額の損害を被った。

よって、原告は、被告に対し、本件代理店契約の債務不履行による損害賠償請求権に基づき、損害金内金八〇〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和五二年一月二五日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

〔請求原因に対する認否〕

一  請求原因一ないし三の事実はいずれも認める。

二  同四1の事実は不知、主張は争う。同2の主張は争う。

〔抗弁〕

供給停止の正当性

本件代理店契約においては、原告がその契約条項の一つにでも違反したときは、被告は何ら通知又は催告を要しないで本件代理店契約を解除することができる旨が約されていたところ、原告は次のとおり契約条項に違反したので、被告は、原告に対し、昭和五一年八月三一日ころ、本件代理店契約を解除する旨の意思表示をした。右解除は有効であり、請求原因三の被告の供給停止は正当なものというべきである。

1  本件代理店契約において、原告は被告から買い受けた商品の代金を商品着荷の日に被告の指定する銀行に振込送金する旨約されていたところ、原告は、常にその送金を遅滞し、同年八月三一日現在一〇二万四五二〇円に上る被告に対する買掛未払債務を負担していた。

2  右契約において、原告は被告の代理店として被告販売の商品の販売に最善の努力を払う旨約されていたにもかかわらず、原告は同年六月中、被告から商品を全く買い受けなかった。

3  右契約において、原告は、被告及び株式会社央粧のイメージを代表しているという自覚に基づいて被告傘下の販売店のイメージを損う一切の行為をしないこと、被告の指定する販売促進又は利益増加のために行う共同事業に参加すること、原告傘下の特約店及び販売店に対して原告の供給する被告の指定する商品の在庫を常に管理して原告の販売地域内に品切の起こらないよう努力することなどの義務を被告に対して負担していたにもかかわらず、原告は、被告と競争関係にある化粧品メーカーの製造する商品を取り扱いたいがために、被告は会長と社長の不仲のために経営に支障が生じており早晩倒産を免れない、被告は同年七月で営業を中止する、被告販売の商品は品質が悪いなどといった虚偽の事実を原告傘下の特約店や販売店に喧伝して被告を中傷し、右特約店等に原告自身も右同月には被告の代理店であることをやめる旨を告げ、また、右特約店等の希望を無視して同年夏の被告のキャンペーンに参加しないなどの行為によって、右特約店等の被告販売商品の販売意欲を減退させ、被告に対する不信感を植えつけ、あるいは、右特約店等からの被告販売商品の注文に対して同商品の出荷供給を差し控え、右他社製品を無理に右特約店等に購入させるなどして右特約店等に動揺を与え、ひいては、被告が三年以上にわたる教育、指導により営々として築き上げた広島地区の被告の特約店網を崩そうとした。

4  右契約において、原告は同契約に関連して知り得た一切のノウハウ及び営業に関する情報を第三者に漏らしてはならないものとされていたにもかかわらず、原告は被告の販売活動、販売組織、商品の掛率、製品の内容等を被告と競争関係にある他の化粧品メーカーに漏らした。

5  右契約において、原告は自己の販売地域内の出来事で業務上必要な情報は速やかに被告に書面で報告すべきものとされていたにもかかわらず、原告は右の他の化粧品メーカーの売込状況、商品の価格及び掛率等の情報を知っていながら一切被告に知らせなかった。

被告は右1ないし5の原告の行為を知った後、同年八月に原告に対して、原告傘下の特約店が継続して被告販売商品の供給を望んでいるにもかかわらず、原告がこれに応じず、逆に右特約店が望まない右の他の化粧品メーカーの製品を購入させるようなことでは原告との本件代理店契約は継続できない旨を申し入れ、右特約店とともに原告にその是正を求めたが、原告は言を左右にしてこれに応じなかったため、被告は右契約を解除する旨の意思表示をした。

〔抗弁に対する認否〕

抗弁事実中、冒頭の被告が原告に対して昭和五一年八月三一日ころ本件代理店契約を解除する旨の意思表示をしたことは認めるが、以下述べるとおり解除理由は存在せず、無効である。

同1は否認する。代金は商品着荷の日に被告の指定する銀行に振込送金する旨の約定はあったが、本件代理店契約における原被告間の代金決済は実際上、原告が毎月末日までに被告から納入された商品について翌月一五日までに被告に代金を支払うこととされており、原告はこれに従って被告に代金を支払っていたものである。

同2のうち、被告主張の約定があったこと及び原告が被告から同年六月中商品を買い受けなかったことは認める。これは、原告が本件代理店契約締結前の昭和五〇年一二月から昭和五一年五月末までの間に約三〇〇〇万円相当の商品を被告から買い受け、同月末日の時点で仕入価格約一〇〇〇万円に相当する被告販売商品の在庫があったためである。

同3は否認する。原告傘下の特約店四店のうち、三店は被告主張のキャンペーンへの参加を希望せず、他の一店については希望どおり右キャンペーンに参加したものであり、原告は右キャンペーンのサービス商品を自費で購入し、顧客へサービスをした。被告主張の特約店網は被告が築き上げたものではなく、代理店である原告の努力と費用で築き上げたものである。

同4、5及び末尾の事実はいずれも否認する。

〔抗弁に対する原告の反論〕

契約解除の無効性

以下の事実の認められる本件においては、抗弁記載の被告の本件代理店契約の解除は無効というべきである。

1  原告は、本件代理店契約締結前の昭和四七年から被告販売商品の中国地方一円における販路拡大のために献身的に努力し、多額の宣伝費用を費して徐々に実績を上げてきたところ、被告から昭和五〇年一二月以降広島県内における被告販売商品の一手販売権を維持するための条件として多額の仕入及び販売を強いられ、一手販売権を維持すべく無理を承知で多額の仕入を行っていた矢先に被告から右契約の解除を通告されたものである。

2  被告は、本件代理店契約締結後、原告の借入金が多額に上っていることを理由に取引銀行に対し信用照会をし、昭和五一年七月に原告の注文に基づく納品を不当に拒否し、さらに、興信所に原告傘下の特約店の信用調査をさせた。

3  原告と被告代表者瀧口清亮及び被告の会長高村晴世とが同年八月一三日に協議した結果、原告と被告とは本件代理店契約を円満に継続していく旨を合意した。

4  原告は被告の本件代理店契約解除の意思表示に対して昭和五一年九月七日ころ、その理由を明らかにするよう求め、同年一〇月一三日ころ、再度理由の開示を求めるとともに問題解決のための話合いを提案したが、いずれも被告に黙殺された。

〔原告の反論に対する認否〕

抗弁に対する原告の反論のうち、冒頭の主張は争い、同1ないし4の事実はいずれも否認する。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因一ないし三の各事実及び被告が原告に対し昭和五一年八月三一日ころ本件代理店契約を解除する旨の意思表示をしたことは、当事者間に争いがない。

二  本件代理店契約解除の効力について

1  原被告間の取引の経過

《証拠省略》を総合すると、原被告間の取引の経過について次のとおりの事実が認められ(る。)《証拠判断省略》

(一)  訴外株式会社央粧(以下「訴外会社」という。)は化粧品の製造並びに自社製及び他社製化粧品の全国各地への販売の事業を行っていたが、原告は、昭和四七年夏ころから主として訴外会社製の石けんその他の化粧品を中国地方等において販売する訴外会社のいわゆる代理店となり、右会社から継続的に右商品を買い受ける取引を開始した。

(二)  原告は訴外会社との右取引の開始後、訴外会社の代理店として、妻の経営する美容院と同じ「コクリコ」の商号で、広島県内を中心に山口、島根、鳥取の各県等に訴外会社の商品を原告から購入するいわゆる特約店を開拓するなどして右商品の販路拡大に努め、また、新聞、テレビ及びバスの車内掲示等を通じて右商品を宣伝するなどした結果、原告の代理店としての営業は徐々に軌道に乗るようになった。

(三)  昭和五〇年に訴外会社の販売部門が独立する形で被告が設立され、被告は訴外会社から原告との取引を引き継ぐこととなった。このころには訴外会社が製造する化粧品の種類も増えており、被告は専ら訴外会社の製品を一手に元売りする業務を行っていたものであって、原告を含む全国一〇か所の代理店に対しても訴外会社製の化粧品だけを売り渡す取引を行うようになっていた。また、被告の右設立より以前に、訴外会社は山口県及び山陰二県においてそれぞれ原告以外の者と代理店としての取引を開始しており、原告との取引は主として原告が広島県内の特約店等へ販売することを目的として行われる形になっていた。

(四)  昭和五〇年九月ころ、被告は、それまでの各代理店との関係を明確化するため、各代理店と書面による代理店契約を締結して代理店の契約上の権利義務を明らかにするとともに、被告販売商品の販売促進のため、向後一年間に一定金額以上の被告の商品の購入及び売上の実績を上げることを条件に、その後総代理店として一定地域内における被告販売商品の一手販売権を付与し、また、被告の商品を廉価で仕入れることができることとする旨の方針を打ち出し、各代理店に提示した。これに対して、原告、愛媛県における被告の代理店であった大院忠樹及び北九州市における被告の代理店であった小城らは、これではこれまで特約店を開拓してきた努力が全く報われなくなるとして、不満を表明したが、結局は被告の右方針を受け入れざるを得ず、原告は昭和五一年二月四日被告と本件代理店契約を締結した(右締結の事実は当事者間に争いがない。)。右契約には、当事者間に争いのない請求原因二に掲げる条項のほか、次のとおりの条項が含まれていた。

すなわち、(1)原告は被告の商品の販売に最善の努力を払う((1)の契約条項の存在は当事者間に争いがない。)。(2)原告は指定販売地域として別に定める地域内において被告の商品の販売活動を行う。(3)原告は被告及び訴外会社のイメージを代表しているという自覚に基づいて、被告傘下の他の販売店のイメージを損う一切の行為をしない。(4)原告は営業上、本件代理店契約に関連して知り得たノウハウ及び営業に関する情報を外部に漏らしてはならない。(5)原告はその販売地域内の出来事で業務上必要な情報は速やかに被告に書面によって報告する。(6)原告は被告の行う販売促進又は利益増加のための共同事業に参加する。(7)原告は右(2)の指定販売地域内において被告と協議のうえ設定された別に定める期間内の販売目標を達成し、その販売額を維持又は伸張させる。(8)原告は被告が開発、販売している全種類の商品を自己の販売地域内の傘下の販売店に円滑に供給するとともに、傘下の特約店その他の販売店に対して供給する被告の商品の在庫を常に管理し、絶対に品切の生じさせないよう努力する。(9)原告は被告から買い受けた商品の代金を商品着荷の日に被告の指定する銀行に振り込んで被告に送金する((9)の契約条項の存在自体は当事者間に争いがない。)。(10)被告は原告が本件代理店契約において定める事項に一つでも違反したときは、何らの通知、催告を要しないで同契約を解除することができる。

また、本件代理店契約締結当時、原告と被告とは、右(2)及び(7)にいう別個の約定として次のとおり合意した。すなわち、(11)原告の指定販売地域は広島県とする。(12)昭和五〇年一二月一日から昭和五一年五月三一日までを代理店調整期間として、原告が同期間内に被告から月額平均五〇〇万円の商品(小売価格にして一二五〇万円相当)の仕入を行った場合は、同年六月一日から同年一一月三〇日までの代理店資格挑戦期間において被告から月間七〇〇万円の商品(小売価格にして一七五〇万円相当)の仕入を行うことによって広島県における被告の総代理店の資格を取得し、同県における被告販売商品の一手販売権を付与されて他の者の販売活動を排除することができ、被告が開拓した販売店、販売希望者も全て原告の傘下に加わるものとする。そして、右各期間中及び総代理店資格取得後において被告は原告に対して商品を原則として小売価格の四〇パーセントの価格で売り渡すものとする。(13)原告が右代理店調整期間内に被告から右の月額平均五〇〇万円の商品の仕入をすることができなかった場合は、その後は月間平均仕入金額に応じて、小売価格一〇〇〇万円以上一二五〇万円未満相当の場合は小売価格の四二パーセントの価格で、同七〇〇万円以上一〇〇〇万円未満相当の場合は同じく四四パーセントの価格で、同四五〇万円以上七〇〇万円未満相当の場合は同じく四六パーセントの価格で、同二二〇万円以上四五〇万円未満相当の場合は同じく四八パーセントの価格で、同二二〇万円未満相当の場合は同じく五〇パーセントの価格で、それぞれ被告から原告に商品を売り渡すこととし、その後も六か月ごとの月間平均仕入金額に応じて右同様の取扱をする。そして、被告は原告の販売地域である広島県内において原告の傘下に属しない販売店を開拓、設置することができ、原告の一手販売権は必ずしも確保されないこととする。

(五)  原告は右代理店契約締結前の昭和五〇年の暮ころから、被告の右方針に照らし、代理店としての一手販売権を維持することができるかどうか不安を抱くようになり、ほぼ同様の不安を抱いていた前記大院及び小城と協議した結果、今後専ら被告との取引だけによって原告らの経営の維持、発展を図ることは困難であろうと判断し、従前から被告が訴外会社以外の化粧品製造業者の製品を取り扱うことは必ずしも禁じていなかったことから、他の化粧品製造業者のいわゆる代理店としての業務をも行い、これによって収益の増加を図るとともに、万が一被告との取引による収益が期待できない状態に至った場合の備えとすることが得策であろうと考えるようになった。そして、昭和五一年一月ころから右原告ら三名は被告が設立される以前に訴外会社を通じてその製品を取り扱ったことのある化粧品メーカーのリンサクライとその製品を代理店として取り扱うべく交渉を始め、原告は同年春ころから取引を開始したが、その交渉の中で被告との取引における仕入価格その他の取引条件をリンサクライの担当者に告知したことがあった。

(六)  原告は、被告に対する商品代金の支払を滞りがちであり、同年二月以降各月末に最低三〇〇万円を超える買掛金債務を負担していたが、同年五月ころから極端に支払状況が悪化し、同月末には買掛金残債務が七九二万円に達するなどしたため、そのころ、被告が原告の取引銀行に対して信用照会をしたり、原告傘下で特約店となっている金沢茂行の信用状況等について興信所を通じて調査したりしたことがあり、これらをきっかけとして、従前から右(四)のような取引条件の変更に不満を抱いていた原告は、被告に対して感情的な反感を生じ、被告の代理店である前記大院及び原告傘下の各特約店等に対して被告販売の化粧品には不純物が混入しているとか、水で薄められているのではないかなどと話したり、被告は社長の瀧口清亮と会長の高村晴世の不仲によって経営が危機に瀕しており、今年一杯経営が続くかどうかわからないなどと話したりするようになったが、右はいずれも事実に反することであった。

(七)  同年六月には原告は前月までの仕入によって在庫が多量になっていたことなどのために被告から商品を全く買い受けなかったが、同月中にも五月末までの残債務の全部の支払はできず、六月末にはなお四〇四万四〇〇〇円の債務が残存した。そして、そのころから原告はリンサクライの製品を売り捌くべく傘下の各特約店に対して右(六)のように被告及びその商品について虚構の事実を述べるなどして被告販売の化粧品に代えてリンサクライの製品を買うように強力に勧めるようになった。また、同年七、八月には被告が消費者層の調査を兼ねて行った売上増大のためのサービス企画(「サマーキャンペーン」と呼称した。)に原告は参加せず、原告傘下の五店の特約店のうち河村勲の経営する一店が強く希望して参加しただけであった。このころ、原告傘下の各特約店としては、それまで被告販売の化粧品を各傘下の販売店(小売店)等に卸して経営を成り立たせてきたにもかかわらず、原告からは被告の販売する化粧品に代えてリンサクライの製品を仕入れるよう勧められ、右各特約店が被告販売の化粧品を原告に注文しても注文を断わられることが生じるようになり、右特約店の一つである河村は原告に対する注文が断わられたため、同年七月ころ被告に直接商品を注文し、被告の従業員の手違いで右注文に対して二度にわたって被告から河村に直接商品が送られ、また、同月中に被告側の手違いで原告の注文に対して商品が送られなかったことがあり、これらのことが原告の被告に対する反感を更に強めることになった(右事実中、原告が同年六月中に被告から商品を全く買い受けなかったことは当事者間に争いがない。)。

(八)  被告は、右(七)のような原告の行動、特に傘下の各特約店に対して被告と競合するリンサクライの製品の仕入を勧めて被告の販売する商品を十分に供給しないでいる状況の是正を求め、ひいては、原告との取引関係を正常かつ円満な状態に復旧すべく、同年八月一三日に被告代表者及び被告の高村会長が原告方を訪れて協議し、同月二四日及び二七日には広島市内のニューヒロデンホテルで被告の右両名のほかに、原告傘下の特約店を経営している金沢、河村及び松木孝士を加えて原告に右の点の是正等を求めたが、協議はいずれも物別れに終わった。この結果、被告はこれ以上原告と本件代理店契約に基づく取引を継続することはできないとして、同年八月三一日ころ、原告に対して右契約を解除する旨の意思表示をした(右事実中、被告が原告に対して同月三一日ころ本件代理店契約を解除する旨の意思表示をしたことは当事者間に争いがない。)。

(九)  被告は同年九月以降原告に対する商品の供給を停止した。原告は被告に対し、同月七日付内容証明郵便で具体的な契約解除理由の開示を求め、また同年一〇月一三日付内容証明郵便で右開示を求めるとともに、話合いの希望を申し述べたが、被告はこれらに応じなかった(右事実中、被告の商品供給停止の事実は当事者間に争いがない。)。

2  本件代理店契約解除の効力

(一)  右1において認定した事実に基づいて、本件代理店契約解除理由の存否について検討するに、原告には次のとおり右契約の契約条項に違反する所為があった。

(1) 1(五)に認定の原告がリンサクライの担当者に対し原被告間の取引条件を告知した事実は、1(四)に認定の(4)の契約条項に違反する。

(2) 1(六)及び(七)に認定の原告が被告に対し、各月末に買掛金残債務を負担していた事実、特に昭和五一年五月末には七九二万円に達し、同年六月中の仕入は皆無であったのに、同月末にはなお四〇四万四〇〇〇円の残債務を負担していた事実は、1(四)に認定の(9)の契約条項に違反する。この点につき原告の主張するように、右契約条項にもかかわらず被告において代金を翌月一五日までに支払うことを了承していたと認めるに足りる的確な証拠はないし、《証拠省略》中、被告が分割払を了承していた旨の供述は、《証拠省略》に照らし信用できない。

(3) 1(六)及び(七)に認定の原告が傘下の特約店等に対し被告販売の化粧品には不純物が混入しているとか、水で薄められているのではないかとか告知した事実及び被告は社長と会長の不和からその経営が危機に瀕していると告知した事実は、1(四)に認定の(1)及び(3)の契約条項に違反する。

(4) 1(七)に認定の原告が傘下の特約店に対して被告販売の商品に代えて他社の製品を買うよう強力に勧め、かつ特約店からの被告販売の商品の注文に対し、これを供給しなかった事実は、1(四)に認定の(1)及び(8)の契約条項に違反する。

(5) 1(七)に認定の原告が被告の行ったサマーキャンペーンに参加しなかった事実は、1(四)に認定の(6)の契約条項に違反する。

被告は、原告が昭和五一年六月中被告から全く商品を買い受けなかった事実をもって、1(四)に認定の(1)の契約条項に違反する旨を主張するが、右は1(七)に認定のように原告が多量の在庫を抱えていたことなどによるものであり、販売のための最善の努力を怠った結果によると認めるべき的確な証拠はない。また被告の主張するところの原告が他の化粧品メーカーの売込状況及び取引条件等を知りながら、これを被告に告知することを怠ったとの事実に関しては、これを認定すべき的確な証拠がない。

(二)  右(一)の(1)ないし(5)のとおり契約条項違反の所為がある以上、被告は1(四)に認定の(10)の契約条項により本件代理店契約を解除することができるといわねばならない。

(三)  原告は、たとえ解除理由が存在したとしても、本件代理店契約の解除は無効というべきであるとして、種々の事情を主張するので、この点につき検討する。

(1) 原告は、被告販売の商品の販路拡大のため努力し、その実績を挙げてきていたのに、被告販売商品の一手販売権維持のための条件として多額の仕入及び販売を強いられ、無理に多額の仕入を行っていた矢先に解除された旨を主張するところ、原告が被告販売の商品の宣伝をなし、販路拡大に努めたことは、1(二)に認定したとおりであるが、本件代理店契約における取引条件が業界一般の取引条件に照らし、代理店側に著しく過酷であると認めるに足りる証拠はない。

(2) 原告は、被告が原告の取引銀行に対し信用照会をなし、また納品を拒否し、更に原告傘下の特約店の信用調査をした事実を主張するところ、右納品に関する事実は、被告側の手違いによるものであること1(七)に認定したとおりであり、被告が右各信用調査を行ったことは1(六)に認定したとおりであるが、同認定のように原告が被告に対し多額の買掛金債務を負担していた事情の下においては被告の右調査をもって不当ということはできない。

(3) 原告は、昭和五一年八月一三日被告の代表者及び会長との間において本件代理店契約を円満に継続していく旨を合意したと主張するが、右同日の協議が物別れに終ったことは、1(八)に認定したとおりである。

(4) 原告は、被告に対し同年九月七日ころ解除理由の開示を求め、同年一〇月一三日ころ解除理由の開示を求めるとともに、話合いをすることを提案したが、被告に黙殺された旨を主張するところ、原告がその主張のように解除理由の開示を求め、話合いの希望を申し述べたが、被告がこれに応じなかったことは1(九)に認定したとおりである。しかし、右はいずれも被告の解除の意思表示の後の事実関係であるのみならず、1(八)に認定したように同年八月一三日、同月二四日及び同月二七日の協議が物別れに終っているという経緯に徴すれば、被告の右態度をもって必ずしも不当ということはできない。

してみれば、原告主張の各事情はいずれも本件代理店契約解除の意思表示の効力を左右するに足りないというべきであり、他にも(一)認定の解除理由の存在にもかかわらず、右意思表示を無効とすべき事情の存在は認められない。かえって、1(七)及び(八)に認定したように、原告は、リンサクライの製品を売り捌くため、傘下の各特約店に対し被告及びその商品について虚構の事実を述べるなどして被告販売の化粧品に代えてリンサクライの製品を買うよう強力に勧め、他方被告販売の化粧品については、傘下の各特約店からの注文にもかかわらず、円滑な供給をせず、被告が原告に対し三回にわたり右のような事態の是正を求めたのにかかわらず、原告がこれに応じなかったという経緯に徴すれば、被告にとっては、原告との本件代理店契約による取引を継続し難いやむを得ない事情があったというべきである。

(四)  以上によれば、被告が昭和五一年八月三一日ころにした本件代理店契約解除の意思表示は有効であり、右契約はこれにより終了したものといわねばならない。

三  被告の商品供給停止の正当性

本件代理店契約が昭和五一年八月三一日ころをもって終了したこと右のとおりである以上、請求原因三に主張する被告の商品供給停止をもって被告の債務不履行ということはできない。

四  結論

以上のとおりであるから、その余の点について判断するまでもなく、本件代理店契約の債務不履行に基づく原告の請求は失当であるのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 三好達 裁判官 河野信夫 裁判官高橋徹は、海外出張中につき、署名捺印することができない。裁判長裁判官 三好達)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例